『傑作はまだ』瀬尾まいこ:未完成な凸凹のために

瀬尾まいこ著『傑作はまだ』(文春文庫)の書影。

 レーダーチャートが好きだ。
 誤解のないよう言っておくが、統計やデータには関心がない。
 折れ線グラフにはときめかない。けれど、レーダーチャートにはワクワクする。

 学生の頃に何百問もある性格診断テストを受けたことがある。
 将来の職について考える材料が欲しかったのだ。その動機に偽りはないけれど、やはり自分のレーダーチャートができるのが楽しみだった。正確な結果になるように、できるだけ正直に答えたし、できるだけ近い選択肢を選ぼうとして必要以上に悩んだ。そうして出てきたレーダーチャートをしげしげと眺めて、項目ごとの解説を読んだ。「そうだよね、知ってる」くらいのこともあれば、「自覚がなかったけど、たしかに!」と思わされることもあった。まあ、総じて正確なテストだったと思う。
 将来について考えるのは、レーダーチャートを見ているうちに忘れた。
 忘れたというか、どうでもよくなった。できあがった図を見て、なんだか急に冷めてしまったのだ。回答中の熱量はどこへやら。数値化された私は退屈だった。

 当時は「期待していたら現実を突きつけられた」としか思っていなかったけれど、今なら別の解釈ができる。
 レーダーチャートになった私はひとりぼっちだった。

 ワクワクするレーダーチャートはひとりじゃなかった。
 例えば、私はゲームでピーキーな能力傾向のものを好んで使っていた。とがったやつと組むと果たすべき役割がはっきりする。私がやるべきはレーダーチャートの欠けた部分を補ってあげること、あるいは突出した強みだけが活きる環境をつくることだ。それのなにが楽しいってチームプレイなのだ。役割分担が明確だから、おたがいに背中を預けて戦っているような感じに近い。私がレーダーチャートが好きなのは、きっとこの感覚を想起させるからだ。

 一方で、私の性格診断のレーダーチャートはどうだろう。
 私の知る限りでは、私を操作するプレイヤーは存在しない。強いて言うなら、私が私を操作している。
 私の強みって? ――自分で考えるしかない。
 短所が見つかったんだけど? ――自分でなんとかするしかない。

 もしかしたら、ひとりでいることのしんどさって、ここから来ているのかもしれない。
 人生が選択の連続であるのは疑う余地もないだろう。そして、ひとりでいると自分の判断ですべてを決めることになる。
 日常のなかで繰り返される無数の決断は「あなたは何者ですか」という問いと緩やかにつながっている。
 だから、ひとりでいる時間が閾値をこえると、レーダーチャートに疲れてくる。自分を定義することに。欠点を自分自身で補完することに。

 自分の人生は自分のものだけど、全部ひとりで決めるには持て余す――。
 だからこそ、人間関係は尊いものなのかもしれない。


 私のブログの方針として、物語の本筋に触れることはしない。
 だから、ここでも私の思考と作品の雰囲気だけ記そうと思う。

 私はひとりが大好きな人間だ。そういうこともあって、とある登場人物の言動がまるで自分のもののように感じられた。彼の不器用な立ち回りに似た経験を思い出して、鏡を見ているような気分になった。
 私も外から見たら、あんな感じに見えるのかな。今、性格診断テストを受けたら、それなりに楽しめるかもしれない。

 裏表紙のあらすじには「ハートフルストーリー」という言葉が使われている。それはパッケージとしては正しいけれど、勝手にハードルをあげている節があるように思える。そして、ハートフルなんだねと知っていても、なおも圧倒的な力で感動させられるのだからすごい。
 ひとりでは生きられない人間たちの温かなお節介がつまった一冊だった。


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